9.美しい音を出す方法

9.美しい音を出す方法

 20世紀のギタリスト達はギターの基本的な発音方法を「アポヤンド・アルアイレ奏法」という2種類に分類することにより、奏法上の区別をしましたが、その分類がその後のギター演奏技巧上の進歩を著しく混乱させてしまったのです。
 19世紀前半に活躍したフェルナンド・ソルやマウロ・ジュリアーニの時代にはこうした奏法上の区別はありませんでした。また、ありうる筈もなかったと言えましょう。

 彼らはギタリストであるうえにその時代に活躍した「売れっ子作曲家」でもありましたから(この時代には、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン他の超一流の作曲家がいたためソル、ジュリアーニの名は音楽史に残るほどのものになりませんでした)、その作品は「古典的」であり、ハーモニー主体の音楽でした。そうした作品を演奏するには必然的にアルアイレ奏法を用いなくてはなりません。

 ギターの歴史上にアポヤンド奏法なる言葉が現れたのはタルレガ以降のことになります。ギターが単なる「音構成」を行う楽器から「音楽表現」を行う楽器へと成長した時に『多彩な音色』を生み出す技術が重要になってきたのです。
 そして、タルレガは各弦の特性を生かした運指法を確立すると共に、表現力ある発音方法も研究したのです。その結果、ギター独特の音楽と奏法を築き上げました。

 ギターの魅力を生むための運指法とは、本科の最後に学びますが、②弦③弦のミドルポジションやハイポジションの音を効果的に使ってギターの最大の魅力である「美しい音」を生むようにする運指法ということです。
 そうすることによって魅力ある響きをギターから導き出すことに成功しました。そして「美しい音」の効果を高める奏法として、発音の時に弦を表面板の方向に押し込むようにすると豊かに音が響く、ということも発見したのです。

 ところが、この奏法は次の弦の振動を止めてしまうことになりますから、「和音」を美しく響かせることができません。ですから、先にも述べたように古典的な音楽を演奏することができないという欠点があります。

 そうした欠点を克服したのが次代のギタリストであるセゴビアです。
 といっても、彼が明らかにこの矛盾を解決したのは1954年でした。この年の6月、バッハのシャコンヌの歴史的名演奏をレコーディングしていますが、この時をもってセゴビアの演奏技法が完成したと言っても良いでしょう。セゴビア自身も「良い音を出そうと毎日毎日努力をして、これが自分の求めるギターの音だと感じた時、気がついたら60才になっていた」と後に語っています。

 セゴビアの誕生日は1893年2月21日ですから1953年に満60才になるわけです。
 日本で発売されているセゴビアのCDを年代順に聴いていきますと(なぜか1953年の録音は残されていないのですが)1952年までと1954年以降では驚くほどギターの発音方法に違いがあることがわかります。

 セゴビアの言葉には真実の叫びにも似た内容があったのです。
 結局のところ、この項の最初に述べた発音の原理である『指の都合と関係なく、弦振動の開始の状態がどうなっているか』ということが重要なのです。
 そして、その振動開始状態は基本的に3種類あって、その状態を作るために指の動作があるということです。

 ところが、1954年のセゴビア以前のギタリストは、指の内側に弦を引っ掛けて、勢いよく弦をはじくように弾いていたため、指先から離れた弦が振動開始直後に(第1回目の振幅運動を始めた時)指の外側、つまり、爪に接触し、そこで雑音を生み、しかも、弦振動のエネルギーを吸収してしまうために大きな音が出ず、更には弦が不安定振動を起こすために余韻が伸びない音になる、という弾き方をしていたのです。

 こうした問題を解決するために、セゴビアは爪の先端で弦を捉え(ほとんど引っ掛けるか引っ掛けないかの浅いタッチで)、そして弦を少しプッシュし、そのパワーを殺すことなく素早く離弦するように指先を動かして逃がす方法を発見したのです。

 それがジャスティ奏法では『ロール奏法』といわれている弾き方です。
 この動きを行うためには弦に対する圧力はリストアクションで掛け、フィンガーアクションは弦から指(爪)を外すためにだけ使われることになります。この弾き方ならば、弦には程よい圧力を加えつつも、その弦を弾いた指が次の弦に触れることなく動作を終了することが可能になります。

 ただし、ギターのキャリアのない者が最初からそのような指の動作を行うことはできません。図のような流れで順を追って学んで行きます。

基本科のテーマ


指の各関節をほどよく固定して、指の最先端にパワーが集中するという感覚を養う。
爪と弦の正しいタッチ(接触関係)を理解する。
本科のテーマ


弦をプッシュする方向をコントロールして(縦振動&横振動)音色を弾き分ける。
指先の触覚の敏感な者はレガートアッタックを行う。
専科のテーマ


レガートアタックをマスターする。
各指が独立して音色・音量の変化をつけられるようにする。
フィンガーアクションへのアクションの変化。
研究科のテーマ


指の先端の関節(DIP関節)のクッションによって音色の変化をつけるという微妙なコントロールをマスターする。
スピードの練習に入る。

 こうしたステップを消化してゆくとセゴビアの到達したギターの発音方法がマスターできるわけです。

 ここまで、理想的には3年。余裕をみて5年の歳月が必要でしょう。
 天才といわれるセゴビアでさえ50年かけてここに到達したのですから、それを考えれば凡人である私たちが3〜5年でそのレベルに到達できるということは、考えてみれば大変なことでもあります。
が、誤解してはならないことは、これはギターの発音テクニックに関してのことであり、セゴビアの芸術性ということを考えた場合、それはまた別の問題になります。

 こうしたテクニックが整ったということは絵画に例えるなら、絵の具のセットが揃ったということであり、それは素晴らしい「絵」を描くための基本条件に過ぎないのです。
 中学校の数学でも「必要条件と十分条件」という考え方を習います。
「何か」を行う場合の基本条件として、必要条件というものがあり、その条件を満たしていない場合、その「何か」を行うことはできないのです。
 それで十分かというとそうはいきません。それだけでは、まだ「何か」を完成させられません。
プラスアルファの要素が加わって「何か」が完成するのです。
そのプラスアルファの要素が十分条件ということになります。

 つまり、基本的発音方法をマスターして初めて「ギターを弾くことの必要条件」が満たされるのですが、そこから更に音楽的表現テクニックが加わって美しい音楽が演奏できるようになるということです。
 絵画に例えますと「ここには赤い色が欲しい」と思っても、赤い絵の具がなければ絵を描くことはできません。

 また、絵筆が曲がったりしていたら思うように線を引くこともできないのは当然です。
つまり、必要条件が整っていないからです。
 しかし、ほとんどのギタリストはそういう条件のもとでギターを弾いているのです。
 汚れた絵の具で、曲がった絵筆で、必死に何かを表現しようとしている姿は一つの感動さえ呼び起こします。

 そして「ギターは実に難しい楽器である」等と自分の技術不足を楽器のせいにしてしまい、不自由な中で音楽を行う努力をしています。
が、私はそうした努力を皆さんにはして欲しくはありません。
 きちんと色の揃った絵の具、思ったような線が引ける絵筆を持って欲しいものです。

 ギターを弾く最初の一歩は、ギター本来の音を出すということです。それができなければ何も始まりません。
 そして、「発音方法」というのはけっして難しいものではありません。きわめて当たり前のことです。
これが究極の発音方法であり、ここで述べた以上のとこは何もないのです。
 こうしたことはなるべく早くマスターし、楽しい音楽表現の世界へ向かいましょう。

 

<< 戻る | 「ギタリストへの道」目次 | 次へ >>