2.本物とは何か?

2.本物とは何か?

 私がギターを弾き始めて最初に手にした教本は「○○日間ギター独習」「一週間で弾けるギター」等という、現在のギター教育水準から見ればおよそどうしようもない類の教本でした。
 その内容は確かに間違ったことは書いてありませんでしたが、何も知らない初心者がギターの基本知識を付け、しかもある程度の演奏が出来るようになる方向へ導いているというものではありませんでした。

 自動車の運転技術の教本に例えるならば、「車にはハンドルというものがあって、これを右に回すと前輪が右に傾き、走行方向が右に曲がります。
これを両手でしっかり握り、車の進行方向をコントロールします。右足はアクセルとブレーキを操作します。このペダルを踏むとスピードの調節が出来るのです。
止まりたい時はブレーキを踏みますが、急に踏みますとコントロールを失い易いので慎重にそっと踏みましょう……」等という説明文が書いてあり、イラストが載っているような本を想像してみて下さい。

 確かにその本に書いてある通りに自動車は運転されます。こうした「知識」を知るだけならば自動車の運転も一日で覚えられることでしょう。
当時のギター教本も同じようなもので、ギターに関する「知識」が一般教養程度に書かれていたものでした。
 ジャステイギター教本の基本料基礎ステップ程度の内容が書いてあり、そしてその知識を持って、いきなり有名な曲を弾きましょうというカリキュラムになっていました。
もう一度自動車に例えるならば、運転操作方法を読んだら、では自動車レースに出場してみましょうというようなものです。

 しかし、これはギター教本に限ったことではなく、英語に関しても同じような本がたくさん書店に並んでいました。
やはりタイトルは「一週間で覚える英会話」「あなたも一ケ月で英語が話せる」というものです。
 英会話に関しては1990年代でもまだ似たような状況があるようですが、いずれにしても社会のニーズを反映して、こうした「商売」はいつの時代にも流行るものです。

 社会の需要が急に高まった場合、それに対する供給の分野はすぐには発達しませんから一時しのぎ的な対応であれ、それを行なった企業は繁栄するのでしょう。
ちょっと考えると無責任な気がしますが、そうした無責任なものでも無いよりはましということで、そうした教本でも結構売れたりするのでしょう。

 しかし、そうしたブームの中で、安易なものが世の中にあふれていても、非常に良心的なものも同時に存在しているものです。
単なる偶然からそうした良質のものと出会った人は幸福です。
私の場合は残念ながらそうした正統的なギター教本と出会うことは出来ませんでした。

 また、自分が選んだ(?)本が質の低いものであるという認識すらありませんでした。そういう判断をすることも出来ないほど情報不足でもありましたが、とにかく一所懸命に練習をしました。
 その結果、ギターのテクニックはある程度上達してきました。

 そして、弾いていて「楽しい」と思えるようなレベルでギターが弾けるようになりました。そもそも、ギターを弾き始めたきっかけが「ちょっとした曲が弾ければいい」と思っていただけでしたから、現在から考えれば随分ひどい音でたどたどしく弾いていたのでしょうが、当時としては満足していたのです。

『発達する審美眼と世界観の変化』gozira

私の少年時代にはウルトラマン等の特撮物の映画が流行りました。毎年新たに登場するヒーローの怪獣に憧れて、みんなで連れ立って映画館に通いました。ゴジラ、モスラ、キングギドラ等は超人気者だったと思います。

 また、テレビでは月光仮面をはじめ、鉄腕アトム、エイトマンといった正義の味方が毎週大活躍していました。
私はその物語に胸をときめかせながらテレビにかじりついていました。現在ならばドラゴンボールの孫悟空やガンダム等のスーパーヒーローに憧れるといったところでしょう。

 しかし、少年の私がそれ程までに憧れているヒーロー達を学校の先生をはじめとする、いわゆる大人達は「くだらないもの」として認めてくれないのです。これは面白くない事実でした。
が、時が経ち、私も成長してより多くの物事を知るようになると、私自身そうしたアニメ等が幼稚に見え始めてきました。これは私の好みが変わったからでしょうか?

 自分の感性が変化したことは事実ですが、それはより多くの経験を積んで物事を判断する基準がより高くなった為に起こった視野の変化です。そうした価値判断基準を審美眼と言うということも覚えました。

 しかし、私はアニメーションや特撮映画に興味を失ったのではありません。40歳になろうとしている現在でもウォルトデイズニーのアニメーションやスターウォーズ等の特撮映画は楽しく観ているのですから。
 つまり、20〜30年前の日本のテレビのレベルは低かったのに、何も知らなかったために幼い私はそのレベルでも楽しんでいたのですが、よりハイレベルな物を知るようになった結果、低いレベルの物には興味を失ってしまったということになるのでしょう。

 多くの体験を積み、その中でより価値の高い物を知ってゆくことが『洗練される』ということです。また、洗練されてゆくとそれまでの自分を取り巻いていた世界の意味が変わってきます。
それは、周囲の物がくだらなく見え始めるのではなく、より素晴らしい物があるということが、より大きな喜びと共に分かり始めることなのです。その、より洗練された者が一様に認める価値ある物を、一般に『本物』と言うのだと思います。

A.Segovia そして、成長した私の要求を満たす本物のギター演奏を聴かせてくれたのはただひとりアンドレス・セゴビアだったのです。

 

 

 

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