ギタリストへの道

15.人間工学とギターテクニック(2) −15−
 『音楽する』以前の問題として、ギターという楽器の機能を正しく(楽器の構造上の原理に基づいて)発揮させるように弾くことが大切であり、そのうえで音楽を形作るような演奏方法を確立しようというのが私のギターに対するアプローチでした。
 その問題がクリアーしたならば、演奏者の個性などという不特定の理由により「弾き方が変わる」ということなどあり得ないという結論が導き出されます。
 『演奏された音楽』つまり、演奏者の個性によって、同じ曲なのに驚くほど違う雰囲気になるということはあり得るでしょう。
 それは「作品」に対する感性が人によって違うからであり、「演奏された作品」の個性は演奏者の数だけあるということです。
 何故かというとそれは演奏者の作品に対するイメージ(解釈)の相違によって、選択するべき音色・音量その他の表情付けが変わるからです。しかし、だからと言って「弾き方=発音方法」も人によって千差万別であるということにはなりません。
 例えば、将棋の勝負の場合、こまを動かす順序(戦術)には一体どのくらいのパターンがあるのでしょうか。これは計算してみないと分かりませんが、おそらく全人類が何万年も将棋をやり続けたとして、やっと一回同じような将棋が残るくらいのものでしょう。
 それほど、将棋というゲームは奥が深いものです。しかし、その将棋の「駒」の動きというものは厳密に定められています。「歩」といったら一歩ずつ前に進むことしかできません。棋士の「その時の気分」で、あるときは斜めに進んだり、又ある時は「気合が入ったために」2歩進んだなどということがあったら、話にならなくなってしまいます。
 各駒の動きは限定され、それぞれの駒は実に平凡な働きしかしません。が、それらを総合してみると、実にダイナミックな戦略が盤面には展開されてゆくものなのです。
 ギターにしてもしかり、1音1音にそれほど大きな個性はなくとも「音構成」となった時には非常に個性豊かな華麗な響きが作られるのです。
 将棋の駒の動きが、名人であろうと素人であろうと同じ動きであるように、ギターを弾く場合も「基本音」を出した場合は、誰が出しても一定の音が出なければなりません。
 それが『根本技術』というものなのです。
 しかし、これまでのギタリストの演奏は将棋でいえば「駒の動かし方」というのがいつも不安定であり、その時々、または人によって変化していたと言えましょう。
 それでも聴衆がある程度納得していたのは『ギターの根本技術』と『音楽』は必ずしも一致しなくても良いからなのです。
 一般論で言うなら、ある物事を行う場合に一部分のみをテーマにするならば「全体として構造上のアンバランス」があっても、とりあえずある程度の成果を挙げることも可能です。『音楽』という大きな世界には、演奏の他にも作曲という分野があるわけですが、作曲のレベルが高い場合(つまり、名曲を弾いた場合)は演奏が多少未熟であったとしても聴衆は音楽を楽しむことが可能です。
 逆にどんなに演奏者がハイレベルでも、つまらない作品を演奏したならば、聴衆には退屈な演奏に感じられることでしょう。
 しかし、ここでは「演奏」の分野に限定して話を進めていきましょう。
 テクニックの出発点となる「根本技術」を定めたら、次は音構成(作品)の単純なものから複雑なものへの発展が必要になります。
 そこで、いよいよ人間の身体機能とギターの関わり合いの問題が出てきます。
 音楽が内容の濃いものになれば、音構成もだいたい複雑になるものです。当然、その音構成を作り出すべき演奏者の運動(主に指の運動)も独立・複雑・俊敏さが要求されています。つまり、高い運動機能の能力が必要になるわけです。
 その場合の演奏者の理想は、最も合理的な身体の運動を行ってギターを弾くということです。つまり、同じギターの操作を行うならば、できる限り楽な身体動作でギターの操作を行いたいということです。
 そのために身体動作の機能をよく考えて、その機能とギターを弾くうえで必要とされる運動との関わり合いを分析して、最も合理的な身体運動のあり方を導き出そうと私は考えました。
 ただ、この場合の「楽な身体運動」といのは怠惰な身体運動というのとは意味が違います。全く訓練しなくても良いという意味ではないのです。
 ギターを弾くうえで、考えられる限り合理的な身体運動を追求するという意味です。
 その目的を達成するためには、やはりそれなりの「苦労」がともないます。
 それはこういう意味です。
 身体運動をする代表的な行為には各種のスポーツが挙げられます。走ることから始まって、各種陸上競技、水泳、球技等、いろいろなスポーツがありますが、一流選手は皆その競技に合ったプロポーション(骨格・筋肉構造)を持っています。
 バスケット競技をする選手は、やはり最低限の身長(骨格)が必要ですし、瞬発力(筋肉構造)が要求されます。マラソン選手は持久力、重量挙げ選手にはパワー、テニス選手なら俊敏性等、各競技によって要求されるものが違います。
 音楽(演奏)も身体を使う芸術ですが、肺活量が少ない人は管楽器には向きませんし、手のサイズが小さい人はピアノには不利だというように、骨格構造である程度の向き不向きが決まってきます。
 が、ギターの場合は骨格はほとんど問題ありません。いわゆる普通の人であればよいという楽器であるといえます。
 そのうえで、ギター演奏に必要な筋肉構造を作るための訓練が考えられるのです。
 左指の1、2、3、4指の独立性から始まり、拡張(指を広げて押弦する)、俊敏さ等の運動機能をアップさせるためにはどのような筋肉訓練を行ったら良いのか、また、それ以前の問題としてはどういう指の機能が必要とされるのかというテーマについての考察も必要です。
 そうしたことを考える基礎知識としては、作曲者がどのような音形を楽譜に残しているのかということも知らなければなりません。


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